忘却のライラック 動画
再生リストは、こちら🐱 全て再生をクリックすると連続してご覧いただけます。
忘却のライラック
Aさんは最寄りの駅に到着すると
春先の冷たい雨が降る空を見上げた。
予報では、夕方には止むと言っていたが、
どうやら外れたらしい。
冷たくなった体を芝居がかった様に震わせると、
近くにあった、喫茶店へと入る。
いつもは通り過ぎるだけの、
お店にその日は入ってみたくなった。
外観は変哲のない街の喫茶店、
しかし、中はレトロな雰囲気で、
時代を越えて、
過去にの世界に迷い込んだ様な気がした。
『いらっしゃい、外は寒いでしょ?
さあ、お席にどうぞ』
そう言った、お店の店主らしい人も、
白髪混じりの優しそうな人だった。
『なにかお飲みになりますか?』
差し出されたメニューを見ると、
【初恋をやり直す紅茶セット】
【受験をやり直すコーヒーセット】
【青春をやり直す抹茶セット】
など変わった名前がついていた。
「何だか変わったメニューね。
昔はこういうのが流行っていたのかしら。」
Aさんは、特に深い考えも無く、
初恋をやり直す紅茶を頼んでみたという。
『はい。紅茶セットですね。
少しお待ち下さいね。』
メニューを閉じると、
冷たくなった手をさする。
ジャンピングする茶葉から良い香りがしてきた。
店内の暖かさと、
静かに流れるジャズの音楽が、
眠気を誘う
目を瞑り、
鼻で少しだけ大きく息を吸い込む。
不思議と懐かしい故郷の景色を思い出す。
「あぁ、もう何年も帰ってないな。。」
自然と呟いてしまっていた。
『何か言った?』
「え?」
ふと、
横を見ると初恋の相手が隣にいる。
「え。。なに。。え?。。」
『あっちの道へ行ってみない?』
いつの間にか、
周りは本当に故郷の景色、
ここは、確かにあの頃の母校からの帰り道。
揺らめく様な、
淡い青春の思い出の中に、
いつの間にか身を置いていた。
「まさか、、あの紅茶を頼んだから、、」
「そんな、、まさか、、」
戸惑うAさんに、
隣の少年は続けて話す。
『どうしたの?
ボーっとして、退屈だったかな?』
少し低く優しい、
そして、とても懐かしい声だ。
「な、なに?どうして、私ここにいるの?」
そう答えると、
少年は少し笑って、
もう一度言い直した。
『あっちの道の先に、景色が綺麗な丘があるんだよ。』
『行ってみない?君に見せたいんだ。』
そう言った、彼の口元では、
冬の冷たい空気がとかされ、白い煙になっている。
屈託のない懐かしい笑顔に
Aさんの心も温められた様な気がした。
「あぁそうだ、この場面は記憶がある。」
前は誘いを断ってしまって、
それから関係が疎遠になり、
そのまま恋は自然消滅した。
一度は、諦めた淡い思い出、
遠い日の人生の岐路にいる事に、
戸惑いと、妙な幸福感が胸を包む。
ここで、違う選択をすれば、
違う人生があるのだろうか?
無意識に心の片隅で、
別の人生を望んでいたのかもしれない。
そう思うと答えは決まっていた。
「見てみたい。」
二人は少し気恥かしい気持ちで、
微妙な距離をとりながら山道を歩いた。
懐かしい景色と澄んだ空気に
記憶が鮮明になってくる様だった。
そう、彼はあの時、一人で丘に向かい、
ここを歩いていた。
「なんで忘れていたんだろう。
そして、落石事故にあって。。」
頭上に無数の岩が降ってくるのが見えた。
『はい、大変お待たせしました。』
『お客様?、、』
『おや、、寝てしまったか。。』
眠る女性に当惑し、
店主は小さくため息をつく。
『それにしても、幸せそうな寝顔だな。
本当に初恋の夢でも見ているのかもな。』
もう一度、ため息をつくと、
テーブルに飾った紫のライラックが
小さく揺れた気がした。
人生は選択の連続だ、
その選択の中で、
自分自身で道を決められることは、
とても幸せな事なのかもしれない。
選べない人も、
この世には存在するのだから。
しかし、
たとえ選べない人生でも、
幸せは自分自身で決める事ができるのかもしれない。
ライラックの花言葉は、
「友情」「思い出」「初恋の香り」「青春の思い出」
イギリスでは、
紫のライラックは別れの意思表示の意味を持つ。
画像はクリックすると大きくなってスクロールしてみれるよ🐱






